【黒歴史】退職を考えていた時期を振り返る。
みなさん、こんにちは。スリーシェイクの林です。
このnoteは、スタートアップでセールスチームのマネージャーとして働きながら、育児に奮闘する私の日々を赤裸々に綴るnoteです。
今日は、育児から離れましてタイトルどおり私がスリーシェイクを辞めようとしていた伝説の黒歴史2022年の出来事についてふれようと思います。
当時の私について
当時、私は2021年の冬に出産して2022年4月に復帰しました。
小さな赤ちゃんを抱えていたことから勤務時間はかなり変則で朝早く仕事を開始し15時、16時頃に一度業務を中断し、夜20時頃から再稼働するという毎日を過ごしていました。
当時は今所属している部署とは違い、Relanceというフリーランスのエンジニアの人材紹介サービスのインサイドセールスを担当していました。
私は実は、出産をする前から不安にさいなまれていました。
きっと子供が生まれた後は好きなように働けなくなるし、仕事にさく時間が減るから周りの同僚と比べてキャリアップができないんだろう…。と働きながら子育てをすることにネガティブな印象をもっていました。
当時のスリーシェイクには、お子さんのいるご家庭も少なかったり、自分自身がスリーシェイクで初めて入社以降出産する女性だったので不安が大きかったように思います。
そして、元々はRA(リクルーティングアドバイザー)を担当していましたが復帰後はインサイドセールス業務やマーケと連携してナーチャリングの仕組みをつくったり、インバウンドの対応等を行っていました。
今思い返すと具体的に他にどんな業務をやっていたんだろうか…??と思い出せないのでもしかしたら本当に何もしてなかったのかもしれません。
もちろん、保育園の洗礼で小刻みに業務を行っていたということもありますが、今このタイミングで思い返すともっと考えれば仕事はあったのにそれをどこかで自分の仕事と捉えずに与えられたことだけをやっていただけだったのかもしれないです。
隣の席では同僚が営業をしていることが心の底から羨ましく、でも、今の状況で社内で密なコミュニケーションが必要なRA業務をやりたいですとも言い出せずずっとモヤモヤしていました。
もともと持っていた「子供がいたらキャリアアップできない」というなんとなくの焦りや、新しい業務を見つけようとせず「私はもうこの会社のメインストーリムからは外れたんだ」という自分自身の決めつけと、日々孤独に終わる毎日の中でぼんやりと「私このままでいんだっけ」という焦燥感が沸いてきました。
「私このままでいんだっけ」の正体
そして、このぼんやりとした不安を全く言語化しない中「よし、不安だ!カジュアル面談だ!転職だ!」とまずは片っ端から求人サイトでカジュアル面談を依頼しました。
私の「考えずに走る」という特技は、こういう時に自分に向き合わず考えることを放棄することに繋がることがあります。
しかし…
外に出てまた厳しさを突き付けられるのです。
実は私かなりのジョブホッパーでして、経験社数5社、平均勤続年数2年。スリーシェイク歴1年(4カ月産休)。そう、超地雷感あふれる経歴なのです。そんな経歴の33歳女性が子どもを抱きながら「将来のキャリアが不安で子育てしながらキャリアを積みたいです」どやぁ!とカジュアル面談で言い放ったとしても、人事の方は「よし!話を聞こうか!」とはあまりならないわけです。
なんとなく以前の転職活動とはわけが違いそうだ、と感じた私は当時の上司でありRelance事業部の健太さんに相談をしたのです。
人材事業の部長で、もちろん人材業界のキャリアは長く「あ、そうだ!優秀なキャリアアドバイザーがこんなに近くにいるじゃないか!」と思い直属の上司にである健太さんに自分の悩みと転職を考えていることを相談しました。
そうすると、傍から見ていても焦燥感を感じている様子がよくわかることや、自分の成長やキャリアアップができないことを環境にせいにしていること、何か壁にぶつかると壁から逃げること等フィードバックをいただいたのです。
とくに言われて心に刺さりすぎて泣いたのは「結局愛子さんの焦りって何かを成し遂げたことがないから自信がないんだよ」という言葉でした。
そして、追い打ちをかけるように「環境を変えて成長できるのは20代まで。30代は自分の手で壁を壊して自分を成長させなくてはならない」。この言葉がイタイところをつかれすぎて正直トラウマです笑。
でも、自分は本当に20代後半からこの当時まで実は仕事がずっとうまくいっていなかった自覚がありました。何かあるとすぐ愚痴って、上司に環境の改善要望出して、組織の課題を解決する気もないくせに、ダラダラと上司にダメ出しして。一時は前職では悪口も止まらなくて「業務では特にいうことはありませんが、悪口が多いのでこの評価にしました」と面談で言われることもありました。「こんなに頑張っているのに誰も評価してくれない。」いつもそんなことを思っていたように思います。
でもなんとなく、「このままでいいんだっけ」と思い続けて数年過ごしていましたが、その正体は何かを成し遂げたことや、やりきったことがないが故の自信のなさからくる自分への不安だったのです。
メリットデメリットを精査して考える
「ノリと勢いで転職するなんてダメ。とにかくまずは考えなさい。俺はいい決断だと思えば本当に応援するから」と上司に諭され、まずは「転職する/しない」と「メリット/デメリット」のマトリクスで考えました。(※この時期にはSaaS企業にオファーをいただいておりました)
全部矢印が自分にむいている他責思考
久しぶりにこのnoteを書こうと思って引っ張ってきたこのメモ。
これ見て私顔から火が噴きそうなほど恥ずかしいです。
しかもこんなものを堂々と上司に見せたりしてたなんて…。
何を言っとんねん。
とくにスリーシェイクに残ることのデメリットの所。
「刺激が少ない」「営業の仕事ができない」「アナログな営業」「SaaSじゃない」。
そもそもそれがデメリットなのかどうかおいておいて、全部自分次第でなんとかなるんですね。今の自分ならこう言って殴ってやりたいです。
自分で仕事つくってチャレンジして刺激感じて、ツールや仕組みを自分で組み立ててアナログ脱却できる。
セールスやりたけりゃ、やりたいって言えばやらせてもらえる。
そんな環境なのに「できない」と全部全部環境のせいにしているのは、そうあなた自身です!!
もう、本当にこれは黒歴史です。
矢印を外へむける
次の1on1で上記のメモを健太さんに見せながら、「こういったメリットデメリットを整理した時に自分の選択のデメリットはメリットで吸収できるのか。メリットだと思っていることは本当にメリットなのかとか改めて考えることが大事だよ」等教えてもらいつつ、「愛子さん、とにかく僕からいいたいのはとにかく今自分が内にむけている矢印を外へ向けてごらん。事業だったり会社の成長に本気でコミットしてごらん。外へ矢印を向けて目の前のこと一生懸命やってたら振り向いた時に積みあがっている、それがキャリアだよ。」という話をコンコンと聞かせてもらい、その後、葛藤はあったり代表の吉田さんも巻き込んだりするのですがあまりにも長いので割愛します(涙)
フィードバックをいただき自分自身と向き合うことで「これまで本当の意味で自分がコミットしたことはあったのか」「自分を成長させようと思ったことは多々あったけど事業を本気で伸ばそうと思ったことはあったのか」とにかく自問自答して考えました。
「騙されたと思ってやってみるか。」
ある日私の中ではもう一度今の環境で自分のキャリアとか一旦考えるのを辞めて目の前のこと1つ1つに我武者羅にやってみるという覚悟が沸いてきたのです。
本当はなんとなく逃げていること、自分の欲求のためにしか仕事をしていなかったこと。
実は自分で気づいていたけど正当化していたんだと思いますが、それをピシャリと言語化されてしまいもう逃げられなくなってしまったのです。やるしかない。
ここでやりきれなかったら自分の思い描いているビジネスマンに一生なれない。
そう思って本当に"覚悟を決める"という文字通りの感情が湧いてきました。子供がいるから時間がない、だからなんだ、その時間内でできる最大のパフォーマンスを出してやろうじゃないの!誰よりもスーパースピードで業務を捌いてやんよ!!と、かなりメラついていたと思います。
そして、当時の吉田さんに送ったDMがこちら。
時間もキャパもないくせに副業するだの、そんなもんはただの方法論でしかないのに"the model型の営業をやりたい"だのわけのわからないことを代表と上司にぶつけていた私。本当恥ずかしすぎるのですが、いつか誰かのためになると思って晒します!
というわけで、覚悟が決まった私はとにかく、ただひたすらに目の前の業務を必死に、そして、自分にできそうなことはどんどんボールを拾いにいき、そしてこれまでやってみたかったSaaSの事業へ異動となりあれよあれよという間にこの事件の1年後にはなんとマネージャーになるという。なんともスタートアップらしいストーリーができあったのです。
実はその後はまた異なる苦しみがあるのは言わずもがななのですが、、(それはまた今度)
本当に当時のことを思うとこんな話に何度も何度も耳を傾けたくださった健太さん、"全力スイングしようよ!"と勇気づけてくだった吉田さん。本当にありがとうございました。
そして、もやもやしてる同じ境遇の方いたら、一旦ふりきってみて。
とにかく、目の前の事業のため、お客さんのため、チームのため。
矢印を外に外に!!!絶対仕事はもっと楽しくなるはず!
それではまたお会いしましょう!ばいばーい⭐︎